Posts categorized "心と体"

下肢静脈瘤 硬化療法

9/2 レーザー手術
9/9 抜糸
10/7 手術 1ヶ月後検診
11/8 硬化療法治療

ということで昨日硬化療法での治療を行ってきた。

手術 1ヶ月後検診の時に行う予定でいたようだが、
レーザーファイバーで施術した左太ももの内側に痛みが残っていると話したら、
もうひと月様子をみる、ということになっていたもの。

硬化療法とは、硬化剤を注射して最終的に患部の静脈を消してしまう、という治療。

自分の場合、左すね内側の痣のようになった部分が治療対象で、
ここはレーザー手術を行うほどではないが、治療が必要ということらしい。

1回の治療自体は注射を 1本打つだけなのでたいして時間がかからない。
注射を打った後、包帯でぐるぐる巻きにされ 1日放置とのこと。

次は、また 1ヶ月後に通院する。

その間、患部を圧迫しておくために、日中はまた弾性ストッキングを使用する。


この硬化療法、初回は保険適用だが、2回目以降は自費扱いで 3,000円だとか。
これは今回通っている病院の場合で、色々なケースがあるみたいだ。

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ひとりぼっちの夜

九州で妻の甥っ子の結婚式があるので、土曜日から他の家族は出かけていない。
交通機関苦手症候群の自分はひとりで留守番。
情けない伯父だ。

甥っ子もそのお嫁さんも東京住まいだが、お嫁さんの実家のあるところで、ということで九州でやることになったらしい。

土曜日朝早くに、長男の運転する車で羽田へ向かった。
結婚式は今日なのだが、観光も兼ねてなので 2泊 3日の旅。

妻や娘は問題ないが、気になるのが長男。

脊髄損傷を受傷後、社会復帰してからは休日など車で遠出をすることはあるが、飛行機は初めて。
自分の車椅子は搭乗前に貨物室へ移され、航空会社の用意した車椅子で搭乗するらしい。
機内では普通の座席に移動だろうか、この辺は良く分からない。

宿泊先は九州でも地方のほうらしい。
どれだけバリアフリー化されているのだろうか?

だいぶ前から、妻があまり得意ではないパソコンを使って色々調べていた。
そこそこバリアフリーになってはいるようだが、脊髄損傷者が不自由・不便なく過ごせるほどではないような・・・

長男の場合、両下肢が機能しないだけでなく、(前にも書いたが)膀胱直腸の機能障害も抱えている。

飛行機に乗っての 2泊 3日の旅。
脊髄損傷者向け設備の整った宿泊施設ではない。
いろいろと大変だろうことは本人が一番良く分かっているだろうが、そういうことはあまり口に出さなかった。

車椅子生活になってから飛行機は初めてなので、これが良い経験になれば、と思う。


で、自分はといえば、

土曜日の夜はスープカレー(「スープカリーの匠」に肉、野菜をぶち込んだだけです)、

昨夜はペペロンチーノ(スパゲティを茹でて「青の洞窟ペペロンチーノ」をぶちかけただけです)

スーパーで買った総菜のサラダを肴にして
グラス片手にひとり気ままに夜を過ごました :-)

家族たちは今夜帰ってくる。
2日限りのひとりぼっちの夜も終わりです。

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下肢静脈瘤 手術後2週間過ぎて

2週間前の月曜日にレーザー手術を行い、先週の月曜日に抜糸を行った。

抜糸は、処置室とかでやるのかと思っていたら、
診察室内に置いてあるベットの上で行われ、短時間で終わった。

切ったのは 8ヶ所だが、切り口自体はちょっと見た目には分からない程度のものなので、抜糸もあっという間だ。

抜糸後は防水テープではなく普通のテープを貼られた。
自然に剥がれるので、剥がれたらもうそのままで良いらしい。
医療用弾性ストッキングの着用ももう不要とのこと。

左足ほどひどくはないが、右足もむくみやだるさがあるので、
念のため超音波検査をしてもらったが、
こちらは手術するほどではないと。

右足のむくみやだるさとはこれからも長い付き合いになりそうだ。

抜糸後数日は手術したあたりの痛みが残り、しゃがむことも出来なかったが、
ようやく痛みも引いて、いまは短い時間なら正座も出来るようになった。

今回の手術で一番困ったのは、出術直後に包帯でギュウギュウ巻きにされていたとき。
当日は、足がほとんど曲げられない。
ほとんど 180度の状態。
翌朝は 135度くらいには曲がるようになった。

そのまま病院へ向かい包帯を外してもらってだいぶ楽になったが、
それでも痛みのために相変わらず左足を自由に動かせなかった。

日帰り手術で OKなのはたしかだ、
抜糸するまで、洋式トイレのない環境の方はちょっとやばいかも・・・


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下肢静脈瘤 手術翌日

昨日ぐるぐる巻きにされた包帯を外してもらいに朝一番で病院へ寄った。

9時から診療開始、予約診療は10時半から。
職場のある日野駅からひとつ先なので予約なしで 9時ちょっと過ぎに受け付けしてもらった。
すでに順番待ちの患者さんさんたちがたくさんみえていた。
呼ばれたのは 10時過ぎくらいだろうか。

包帯を外してもらい、手術した箇所を消毒して防水シートを貼ってもらう。
左足のどの部分が手術されたのか初めて見た。

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こんな感じで、写真に写っていないところを含めて 8カ所。
それと、当初切ると説明されていた(と思う)大腿部の付け根付近の静脈内膜の焼灼については、この防水シートを貼られたあたりの真ん中あたりからカテーテルを挿入してそこからレーザー治療をレーザーファイバーを挿入して伏在静脈本幹の焼灼をしたようだ。
そこが 3カ所。

包帯を巻いていたときは包帯の圧迫感の方へ意識がいって、手術したところの痛みは感じなかったが、
いざ包帯を外してもらうとやはり痛い。

処方してもらった鎮痛剤を飲むほどではないが、階段の上り下り、左足に重心がかかるとき、左足を伸ばす時などに痛みを感じる。

浴槽に入るのは NGだが、今日からシャワーは OK。

手術当日は、「今日はアルコールを控えるように」と医師に言われたが、体調を考えてここ 1週間ほど断酒していた。

午後から、出勤。

夜、帰宅して久しぶりにボンベイサファイアを味わった。

来週抜糸を行う。


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下肢静脈瘤 手術終了

下肢静脈瘤の治療を行ってきた。

レーザー治療(下肢静脈瘤血管内焼灼術)というものらしい。

手術開始は 13時、15分ほど前に来院の予定になっていた。

ちょっと早めに病院へ到着。
体調チェックのために体温計で体温を測る。

13時前後に診察室へ。

上は普通にシャツを着たままだが、下半身はパンツ1枚になる。
超音波検査で手術部位の確認。
左足のあちこちに赤いマジックペンでマークを付けられた。

それから大きなタオルで下半身を覆い、処置室へ。
お湯の入ったバケツみたいな容器に左足を入れる。
ここで最初の消毒を行う。
足湯みたいで気持ちよい。

手術室へ移動。

ベットに仰向けになる。

点滴やら血圧なモニターなどを装着。

そして、鎮静剤を注射され、局所麻酔を行い手術開始となる。

鎮静剤が効いて感覚はぼーっとした感じ。

サングラスみたいのをかけられる。
医師と看護師さんたちがいろいろやっているのは分かるのだが、どの部位でどんなことをやっているのか分からない。

しばらく時間が経ち、手術の終わる頃に突然意識が覚醒。
不思議な感じでびっくりした。

あとで訊いたら、目の覚める注射をされたとのこと。

そして、術後の左足が包帯でぐるぐる巻きにされる。
足が曲がらず自分でズボンをはけない状態。
看護師さんにはかせてもらう。

あたまがふらふらして正常に歩行できない。

処置室のベットでしばし横になる。

最後に、もう一度診察室へ呼ばれ、無事に手術が終わったことを告げられる。

通常 40分ほどで終わるそうだが、トータルで1時間半以上かかった。

レーザーファイバーを挿入するために切開したところは 8カ所。

内服用の抗生物質と鎮痛剤をもらって病院を出た。

費用は、
手術、投薬などを含め 3割負担で 44,870円。
包帯を取った後に使うストッキング代、3,360円。

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下肢静脈瘤

左足の両側くるぶしの下側周辺の皮膚に紫色をした斑点(?)のようなものがいくつもあり、まわりの皮膚も色素沈着したようになっている。
これは 30年ほど前からの症状で、皮膚科や内科など折ある度に何度か診てもらったが、結局明快な説明ももらえずそのまま放置してきた。

そしてここ 1年ほど前からだろうか、やはり左足のふくらはぎ内側あたりに茶色いシミのようなものが出来た。

ZIPPO にライターオイルを入れてすぐにズボンのポケットにしまうと、染み出たオイルが皮膚を刺激するのだろうか、ももにやけどしたような赤い腫れがよく出来た。
ヒリヒリと痛いのだが、放っておけばいつの間にか腫れも痛みも消える。

今回の左足のふくらはぎ内側に出来たシミのようなものはいつまで経っても治らない。


更に左足の甲の内側あたりに小さなほくろみたいのが出来て、少しずつ大きくなってきた。
妻に見せると「悪性だと死ぬよ」と怖いことを言われる。


そんなこんなで会社の近くの皮膚科で診てもらった。

両側くるぶしの下側周辺の皮膚に紫色をした斑点(?)のようなもの、そしてふくらはぎ内側あたりに出来たシミのようなものを見た後、足のむくみも確認した上で「これは静脈瘤ね」と一発で診断が出た。

ほくろ状のものについては、外観を見ただけで「これは良性だから(治療は)一番最後で良い」と。

動脈瘤というのは良く聞くが静脈瘤はあまり聞いたこともなくどんな病気なのかも知らなかった。

下肢静脈瘤を画像検索すると、だいたい血管がひどく浮き出たものが出てくるが、自分にはそのような症状はない。
上の方に書いた症状、それとむくみ(これは両足)、あと寝ているときに時折足がつる :-) 、自覚症状はこんなところだ。

ともかく 30年来謎だった症状に答えが出た。

ただ、静脈瘤は皮膚科で扱う病気ではないので専門のクリニックを紹介してくれた。

内科とともに下肢静脈瘤を専門に扱うそのクリニックへ先日行ってきた。

そこのクリニックは初診用の問診票も Webから PDF でダウンロード出来るようになっていた。いろいろと進んでいるんですねえ。

ドップラー検査だか、超音波検査だかを行い、下肢静脈瘤と正式に診断が下り、後日手術を行うことになった。

いまは手術の方法次第で日帰り手術で出来るらしい。

目に見える症状は左足の膝から下なのだが、大本の部分を治療しなければいけないので、足の付け根付近から切開するようだ(大伏在静脈の根元での切断)。

患部の写真は受けない方もいるでしょうから、「続きを見る」でご覧ください。

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上体を支えられない、と云うこと

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「どうしてテーブルの上に手を置いているのか分かる?」

ある日、ふと長男がそんな話を始めた。
昨年、今の会社へ勤め始めてしばらくしてからの頃だったろうか。

気づかなかったが、そういえばテーブルに着いているときは車椅子に背中を寄せている時以外、確かにいつもテーブルの上に手を置いている。

脊髄損傷(T9-12,L1 完全)で胸椎の損傷部分から下の運動機能が損なわれているため、何もないと上体を支えていられない。
だから、テーブルに手を置いていないと、上体を支えていることが出来ず、
前にばたんと上体が倒れてしまうのだ。

昔の話だが、長男が事故に遭う前は、普通のテーブル、椅子セットもあったが、丸い座卓がリビングの主で、食事の時もお茶の時もゴロゴロしている時も、いつもその丸い座卓を家族で囲んでいた。
自分は食事中に座卓の上に手を置く癖があり、「行儀が悪い」と長男に注意されることが良くあった。
よっぽど嫌だったのだろう :-)

現場作業から、業種も職種も変わり、名刺交換などの機会も出来てきたが、
マナー通り、両手で名刺交換をしようとしても出来ないのだとか。

そんなことを淡々と話していた。


職場の方は入社後無事に一年経ち、契約社員だった身分も正社員に登用して頂いたようだ。
子供の日の今日は、朝早くから車でどこか遠くへ出かけていった。

体は不自由になってしまったが、心は自由気ままだ。


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ロンドン2012パラリンピック

オリンピックの熱狂が去ってまもなく、同じロンドンで(日本ではひっそりと)開幕したパラリンピック。
8月29日から9月9日まで競技が行われ、(日本ではひっそりと)閉会した。

日本では、オリンピックとは比べようもないとりあげられかただが、それでもNHKとスカパーが連日ダイジェストを放送、またスポーツニュースでも一部とりあげられたりしたようだ。

元々サッカー以外のスポーツにあまり興味のない方なので、家族の中に障害者がいなければ自分もパラリンピックに感心を持たなかったかもしれない。

思いも寄らず受傷した脊髄損傷のリハビリ、社会復帰の為に、国リハ、職リハで約 2年間過ごした長男は、そこで車椅子バスケを覚え、いまでは自前のバスケ専用車椅子を用意し、自動車の後ろに積み込んでいる。
そして、週に1、2回、会社帰りに国リハのある所沢までバスケをやりに行く。

そんな影響で車椅子バスケの全国大会決勝戦などもテレビ放送で見たりするようになった。

パラリンピックは様々な障害を抱えたアスリート達が、障害の種類や度合いに応じていろいろな競技を行う。
水泳があるのにはちょっとびっくりした。
他にも普段見る機会のない競技がいくつも行われた。

日本は、金・銀メダルがそれぞれ 5個、銅メダル 6個、合計 16個のメダルを獲得。
メダル総数では参加国中 24位の成績。
出典はwikipediaの ロンドンパラリンピックでの国・地域別メダル受賞数一覧

たまたま見ていたある番組で「パラリンピックなどなくなれば良い」というような発言が乙武氏の口から飛び出した。
オリンピックが同じ競技でも等級別に行われたりするように、パラリンピックを別大会として開催するのではなく、オリンピックの中に取り込んでしまえば良い、と云うのがその趣旨。

競技ダイジェストやメダリストのインタビューくらいしか見ていないが、「障害者」ということを感じさせないほど競技参加者達は明るく、前向きだったのが印象的だった。

肝心の車椅子バスケだが、日本代表は 9位-10位戦を戦い、イタリアに勝利した。

次のパラリンピック(夏)は第15回、2016年にリオデジャネイロで開催される。

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車椅子バスケ決勝戦、BSスカパー!で無料生放送中です

第40回記念日本車椅子バスケットボール選手権大会、決勝戦。
14:10~
BS Ch.241 BSスカパー!

宮城MAX(東北) vs NO EXCUSE(東京)。

残念ながら応援するチームは、決勝戦まで進むことができなかったようですが、
長男は東京体育館まで観戦に行ってます。


宮城MAX、強いですねえ。

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リスタート

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4月になって、長男の会社勤めが始まった。

職リハにいる間に採用の決まっていた会社。
障害者枠での雇用だが、一般的な事務系 OAコースでなく、会計のコースを選んだのも良かったのかなあ。

通勤手段は車。

初出社日となる 4月2日の月曜日は好天だったが翌日は午後から雨。
しかも例の暴風雨。
雨に濡れるだけでなく、強風で車いすが横転したりすることがあったらどうするのだろう、と気がかりだったが、早期帰宅実施で雨風がひどくなる前に家に着いたとか。

勤務時間が 8時~ 5時と早いので、毎日自分が朝食をとっている間に家を出る。

2年前事故に遭い、ICU で人工呼吸器をしながら身動きもせずベッドに横たわっていた姿がまだ目に焼き付いている。

それから、国リハ、職リハで社会復帰へ向けて過ごしてきた。

長年従事していた現場仕事から、知らない会社で、まったく経験の無いデスクワークへ、
と 180度変わった環境へ。

親馬鹿みたいだが、良く頑張ってきたと思う、

いわゆるホワイトカーラーとは全く縁の無い社会人生活を送ってきた長男が、きちんとビジネススーツにネクタイをした姿で会社へ行く。

普通の家庭ではどうということもない光景なのだろうが、感慨深いものがあったりする。

月曜日から金曜日まで、無事に最初の週を終えた。

車いすバスケが出来ないのがちょっと残念そうだが、東京都の障害者向けスポーツ施設を見つけ、会社帰りにそこへ寄って腕の筋トレをやってきたとか。

身体は不自由だが、親より元気です :-)

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